「航平何ぼけっとしてたんだ?」
「いや、何も」
練習が終わった後はいつもどおり夕飯をご馳走になった。
そのあとは誰もいない家へ帰っていった。
「中山さん、今日放課後ヒマ? オレおごるからさ、どっか行こうよ」
「あ、オレもオレも!」
「何だよお前ら、オレもまぜろ」
「そんなにあたし、ヒマじゃないんだよね」
「じゃ、明日。明日は?」
入学してから毎日中山の周りはこんなんだ。席が後ろなだけに、顔は見えないまでも会話はまる聞こえだ。
「明日もあさってもずーっと、忙しいの。こう見えて」
……バッサリ。
確かにかわいい顔していたけど、中山はなんてゆーか、人を寄せ付けない雰囲気? イヤ違うな。雰囲気どころじゃなく、そのもの。話しかけられると迷惑そうな顔をあからさまにする。
それは男だけじゃなくって女にもそうだった。
さすがに女子たちはその中山の態度に徐々に話しかけるのをやめてしまった。
ただし、全員じゃなかった。たった1人を除いて。
男のほうはどう対応されても、懲りずに必死に話しかけてたけど。
それってさ。あれだよな。
動物のオスが躍起になってメスに求愛行動してる姿。
そう見えて仕方がない。実際人間も動物だけどさ。
次は総合の授業。
「今日は特別に男女合同でバスケをやろう。まだお互いよく知らないだろ?」
これって所謂クラスの親睦を計るためってやつ?
先生は「じゃ、なんかあったら職員室にいるから」って出て行った。それ、職務怠慢って言わないの?
とりあえず更衣室でジャージに着替えた。
その間も男子更衣室は中山の話題で持ちきり。ほんっと、懲りないヤツラだな。
「あの、冷たい眼がまたいいよな」
なんて言ってるし。
「うわっ、すげえ!」
着替えてる途中で隣からでかい声が聞こえた。
昨日ぼうっとしてたオレはおじさんからかなりキツくしごかれたから、いろんなところが痣だらけだった。
「ああ……コレ?」
「どうしたんだよ」
興味本位で聞いてるんじゃないことは、その表情で分かった。
ソイツがあんまり心配そうに聞いてくるから、可笑しくなっちゃって。
「空手習ってるんだよ。コレは昨日の稽古中ついたんだ」
「へえ~すげえ。もしかして有段者?」
「ああ。一応ね」
「だよなあ、腕とか腹とかすげえ筋肉!」
確か志賀(しが)って言ったソイツは、悪びれることなくしげしげとオレの体を感心したように上から下まで見つめてくる。
人懐っこそうな、人の良さそうなヤツ。
日焼けした肌に茶色くて長めの髪。両耳にピアス。大きな声。嫌味のない。明るくて快活。
どこからどう見ても、オレと真逆。
「じゃあ出席番号で半分に分けよう。15番までと16番からで。人数はこの際面倒だからみんなコートに出ちゃってさ」
ついこの前決めたばかりのクラス委員長がさっそく仕切った。
「あれ? 中山さんは?」
「あ、なんか忘れ物したって。もうすぐ戻ってくると思う」
「よ~し。中山さんにいいとこ見せないと~!」
そういったのはほとんどの男子全員。
30人まるまるコートに出て、いいとこもなにもないだろう。
でもその中山は20分経っても体育館には現れなくて。
ようやく現れたときには女子連中が誰かのケータイの画面に群がっていた。